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「ん、んー!!」
目が覚めて伸びをすると、隣にいる人がいない。
「あれ?今日は普通通りの出社時間のはず…シャワーかな?」
着替えてお腹に挨拶をしてから、寝室のドアを開けると良い香りがした。
ペタペタと裸足でキッチンまで歩いて行くと、倫也がテーブルに食事を並べている所だった。
「倫子、おはよう!丁度起こしに行こうかと思ってた。良いタイミングだよ。」
お皿をお盆から並べながら、近付いた倫子の額にキスをする。
「ごめんね?そういえばアラーム鳴ってない。目が覚めたらいないからまだ早い時間だと…何時?」
「まだ早いよ?7時。ご飯にしよう。早く目が覚めたからシャワーの後でご飯作ってみた。美味しいといいけど。」
「早くないじゃない。寝坊だ。」
しょぼんとしながら椅子に座ると、倫也が笑って後ろから抱きしめる。
「30分だけだろ?それに俺の朝食はダメかな?」
「ううん!!美味しそうだし凄く嬉しい!」
斜め後ろを見て笑顔で言うと、倫也も笑いポンポンと頭を撫でてから食べようと席に座った。
無言電話が止んでから、昼寝する時は倫也に言われて留守電にする様になった。
何でもっと早く気付かなかったんだー、と言う倫子の虚しい叫びを倫也はいとも簡単に言い退けた。
「スマホでも留守電、出来ないだろ、倫子。普段使わないから、電話出るだけで思い付かないんだよ。録音を思いついただけ大したもんだ。」
機械音痴である事を楽しそうに言われて、倫子はムキになって答える。
「で、出来るよ?スマホの留守電。」
「ほう?」
「出来るもん、ちょっと時間を戴くだけだもん。」
そんな会話を思い出してトーストを齧り、
「営業補佐なのになぁ。」
と倫也が口の端で笑いながら呟いた。
何が言いたいのかを察知した倫子はすぐに頬を膨らませて答える。
「会社の電話は留守電なんかにしないもん!倫也さんの意地悪!」
言ってからパクッと口におかずを入れて、倫子は頬に手を当てた。
普通にジャガイモが入った簡単キッシュ的な物かと思ったら、小さく刻まれた人参にネギ、ジャガイモは一度茹でてから入れた様でトロッとして、チーズも入っていて、口に入れたらチーズがトロッと溢れた。
「んんーーー!!んー?なにほれ、おいしーい!」
「それは良かったです。怒りは収まった?」
ニコニコとした倫也を目の目にして、倫子は小さく収まりましたと答えた。
翌週は2泊でホテルにお泊まりの日。
豪華なホテルなので今までは縁もなく足を踏み入れた事もなかった場所。
宿泊券を戴いた週末の日曜日に倫也にお願いして、洋服を買いに行った。
普段、洋服もそれほど積極的に買う人ではない倫子が洋服が欲しい!バーゲンとか安いのじゃなくて、ちゃんとしたお洒落なの!と叫んだので、倫也はニコニコで連れて行った。
「これは?」
「それじゃあ、赤ちゃん生まれたら着られないよ?そのまま着られるか、少し手を加えて着られるのがいいの。」
「次の子の為に取っておけばいいだろ?」
「んー?期待し過ぎると次の子、出来ないと困るし。これ…高いなぁ。」
倫子は服を当てながら、鏡を見ては値段を見て元に戻すを繰り返す。
「たく…あんまり立ちっぱなしだと足が浮腫むんじゃなかったか?」
「だって…。」
倫也に言われて足に目を落とした。
妊娠前も朝と夕方では少しパンプスがキツいと思う事はあったが、人間の体ってこんなに違うんだと、妊娠してから実感する事は多かった。
2時間程度立ちっぱなしでいると、足の甲辺りが浮腫むのが分かる。
何となくパンパンな気がするのだ。
それを放って置くとふくらはぎも浮腫みだす。
呆れた様に倫也が言うのは買い物に付き合いたくないからではなく、倫子の事を考えてだと分かるので、一番、ふわっとしていて、腰ベルトが取り外し出来るワンピースを選ぶ。
デザインが可愛い過ぎて自分の欲しいイメージではなかったが、これなら出産後も腰ベルトを巻いて着られる。
お高いお買い物、豪華なホテル…倫子の中で天秤の様に揺れ動いて、ここで手を打つ事にした。
「これにする!」
やっと決めた、ごめんね、とラックから手に取り倫也を見ると、倫也がそれを取り上げて元に戻し、そこから二着、ワンピースを取った。
「倫子はこれが似合う!それに本当はこれが気に入っていただろ?苦労かけたし心配させたし、俺からのお詫びのプレゼント。折角のホテルだぞ?気に入った洋服で行こうよ。こっちは菜緒さんに。迷惑掛けたし、菜緒さんも妊婦だし…。」
「え、でも…。」
(お値段がぁ…お値段が半端なくぅ〜。)
店員がいるので声に出せず、目で訴えた。
ハンベエはイザベラに視線を向けた。何も言わない。仏頂面のままである。黙って、イザベラの目を見ている。イザベラはハンベエの視線を受け止め、暫く見つめ返していたが、「ふんっ。」と挑発的な笑みを浮かべた。そして、やや嘲りを交えた口調でハンベエに言った。「無いのかい、王女を脱出させる知恵は。」「御名答。俺は暴れるしか能が無いみたいだ。」ハンベエはイザベラの挑発的口調に反発するでもなく、屈託のない様子で答えた。さりとて、焦っている様子も困っている風情もない。「仕方ないね。エレナはあたしが守る。あたしがタゴロロームまで逃がすよ。」「うん、イザベラ。お前ならできるよな。全く頼りになるぜ。」ハンベエはにこりと笑った。この傲岸な男が今ま生髮で見せた事もない素直な表情である。いや待て、そうでもないかも知れない。師のフデンから免許皆伝を告げられた場面ではこんな殊勝な顔付きをしていたようにも思える。ロキに出会ってからは自信たっぷりのふてぶてしい顔しか見せていなかったが、この時、イザベラに見せたハンベエの表情は謙虚さが滲み出しているかのようなものであった。ロキはそのハンベエの表情にびっくりして、ただ呆然と見つめていた。「エレナ、あたしと一緒に脱出するで、文句ないよね。元はアンタを殺そうとしたアタシだけど、今はどうあっても助けたいんだ。あたしゃ今やエレナの一番の・・・いや、ロキに続いて二番目の味方だからさ。」「でも、迷惑では無いのですか。」「迷惑だって・・・とんでもない。あのふざけた悪党どもに一泡吹かせられると思ったら、心が躍ってしょうがないよ。もっとも、アタシの方が一枚上手の悪党だけどね。格の違いを思い知らせてやるよ。」「おっとっと、俺が言いそうなセリフをイザベラが。」ハンベエがイザベラの勇ましい啖呵に苦笑する。「ふん、ハンベエ、今更ながらの話だよ。あんたとアタシは似た者同士、同じ穴のムジナって事さ。で、あんたはどうするのさ。」「さっきも言ったろう。俺にできるのは暴れる事くらいだ。大騒動を起こしてやる。が、その前に一細工・・・。」王宮内では、ステルポイジャン配下の王宮警備隊が我が物顔にエレナの行方を捜し回っていた。ラシャレーが使っていたサイレント・キッチンの兵士達もいたはずであるが、息を潜めているのか、宰相共々既に王宮を脱出したのか全く姿が見えないようだ。ハンベエに脅されて、一旦は客室から立ち去った兵士達だが、あちこち捜し回って、結局又舞い戻って来た。ハンベエに殴られて昏倒した兵士は除く。そいつはまだ意識が戻らないようだ。何処かの医務室にでもいるのだろう。戻ったものの、あの喧嘩っ早い剣呑な男が今度こそ本当に怒り出して、刀を振り回すのではないかと思うと、部屋を改めるために声を掛ける踏ん切りがつかないでいた。ハンベエのいる客室の前の廊下では、先程より人数の多い十数名の兵士が集まって顔を見合わせていた。さて、全く御免被りたい役目だが、これも仕方の無い事。どうか猛獣の虫の居どころが納まっていますようにと、頭株の兵士が腰が引けつつも一歩踏み出したところ、扉の方が向こうから開いた。
「・・・。」
兵士達は思わずたじろいで一歩後ろに退いた。尻餅をつきそうになった奴もいる。随分と意気地のない話であるが、ハンベエのフナジマ広場百人斬りの武勇伝はゲッソリナの兵士達の間では既に語り草であり、ついでにタゴロロームでの大暴れ、バンケルク軍との闘いも伝わっていた。暴れ出したら、何人犠牲者が出るか分からない物騒極まりない人物として、貴族や士官連中はともかく、末端の兵士達には鬼神や怪物のような評判となっていた。扉の向こうにはハンベエが立っていた。無表情である。ゆらり、っといった感じで廊下に歩み出て来た。
「奴めも野心を抱いておるのか?ともかく、ルノーから目を離すな。その方が直接指揮を取れ。サイレント・キッチンの表の部隊を動員してでもルノーの奴に騒ぎを起こさせるな。」「承知いたしましたですな。」「ふーっ、すっきりしたぜ。やっぱり風呂ってやつは最高だな。」「ハンベエ、長湯なんだもん。オイラ、逆上せちゃったよお。」ラシャレー浴場と書かれた大きな看板のある石造りの門から、ハンベエとロキが出て来た処であった。 門の内側には何人かの兵士が警備の任に付いている。浴場内でトラブルが発生しないように、ゴロデリア王国宰相ラシャレーが直接配備した警備兵達である。公司註冊ラシャレー浴場は、入浴料により、『上』、『並』、『恵』、『特上』の四つのクラスに別れていた。恵は最下層の暮らしをする者でも入れるようにと、銅貨5枚の値段に設定されていた。もっとも、混浴の上に入浴時間に20分という制限があった。並は男女別々に仕分けられていて、時間制限無し。値段は銅貨20枚。上は個室で、銀貨3枚。貴族や金持ち用であった。そして、特上は上より広めの浴場で、貸し切り仕様である。つまり、一人であろうとグループであろうと、好きな人数で貸し切りにできるのだ。ただし、湯船の広さで20人が限度のようだ。値段は一人につき、金貨1枚という桁違いに高い値段である。その上、一人につき金貨1枚とは不思議な値段であった。つまり、一人で貸し切れば金貨1枚、4人で貸し切れば金貨4枚と、貸し切る人数が多ければ多いほど、提供される設備は一つなのに値段が高くなる仕組みなのだ。『おかしいじゃないか、責任者出て来い!』と文句の一つも言いだす奴がいそうな気がするが、宰相ラシャレー威光の賜物か、この価格基準が罷り通っていた。大陸全体では湯に浸かる文化はほとんど無く、その習慣を持つ人口は微々たるものであったが、ラシャレー浴場は割と盛況であった。貧困層は20分の混浴と言っても、安い値段で垢を落とせるこの施設に安らぎを見いだしていたし、金持ちや貴族は高い値段で貧乏人に己の裕福さを見せ付けようと、上のクラスを選んだ。そして、普通の暮らしの者やゲッソリナに旅行で来た者は並のクラスを選んで入ったのである。旅人の中には旅土産にしようと、気張って上のクラスにする者もいた。今回、ハンベエとロキは特上に入った。金貨二枚であった。特上に入るのは物好きの連中である。たかが風呂に、金貨1枚というのは法外な値段であり、しかも、貸し切り以外に特別なサービスが有るわけではない。だが、世の中変り者や見栄っ張りはいるもので、一部の金持ち連中の間では仲間の代金を支払ってラシャレー浴場の特上コースに招待するのがちょっとしたブームになったりもしていた。「しかし、ハンベエの物好きもひどいよねえ。たかが、風呂に入るのに金貨二枚も払うなんて、銅貨20枚の中のクラスで十分じゃないかあ。あんまり贅沢してるとお、お金無くなるよお。お金ないと惨めなんだよお。」ロキがちょぴり不満げに言った。金銭感覚の鋭いロキはハンベエの無駄遣いが気に入らない様子だ。うん、すまん。金の使い方にはもう少し気を付ける。」ハンベエはロキに屈託無く言った。
告白めいたエレナの言葉をハンベエはやはり黙然と聞いた。ある事件と言った時、ロキが何の事件なのか聞きたそうな表情をしたが、ハンベエが目でそれを制した。「そんな時、私の気鬱を散じてくれたのが剣の道でした。バンケルク将軍は私に手取り足取り剣のいろはを教えてくれました。その日々を通じて漸く私の気鬱の病も収まったのです。言わば将軍は私の命の恩人でもあります。」ここまで喋って、エレナは一旦言葉を切り、ロキに目をやった。「ロキさん、初めてあなたに出会った時、あなたは将軍の手紙を私に届けてくれましたね。あの手紙には私に殺し屋が差し向けられた事が書かれていたのですが、私にとってはもっと重要な事が書かれていたのです。」エレナがこう言うと、ロキはどんぐりマナコをさらに丸くしてエレナを見つめた。ハンベエはと言えば、腕組みのまま、相変わらず無愛想な顔をしている。「将軍に求婚されたのです。元より、私は将軍をお慕いしYaz避孕藥 優思明ていましたから、少なからず嬉しく思いました。ただ、私は結婚などして良いものか、私のような者が将軍の妻になって良いものかと、踏ん切りがつきませんでした。それで、ロキさんに持たせた手紙には将軍に思案の時間をいただくよう書いたのです。」(私のような者?・・・。)エレナの言葉にハンベエはふと首を捻った。エレナは王女であり、バンケルクは一介の将軍に過ぎない。幾らエレナが謙虚な性格だとしても、王女が将軍に求婚されて、『私のような者』とはへり下り過ぎである。ハンベエは甚だ奇異に感じたが、この男の癖で無表情に聞いているだけである。エレナとはどういうわけか、出会った時から素直に話す事ができないハンベエであった。いや、山を降りてから、話をした女人はエレナとイザベラくらいであり、この若者、女性と気さくに話すという事が未だ器用にできないのかも知れない。ただ、何故バンケルクの使者にロキが選ばれたのか初めて分かったように思えた。流石にバンケルクもそのような手紙が部下に盗み見られる事を懸念したのであろう。「将軍との諍いは・・・第5連隊に対する扱いや、ハンベエさんに対する処遇についてでした。第5連隊については戦略上の問題という説明でしたが、ハンベエさんについては納得のいく説明はありませんでした。・・・私には、何故将軍があれほどハンベエさんを憎むのか分かりません。」エレナはバンケルクがハンベエを憎む理由が分からないと言ったが、実のところは『嫉妬』によるものだと薄らと感じていた。だが、彼女の身からはそんな事は口が裂けても言えるものではなかった。「将軍は、ハンベエさんはタゴロロームの兵士を二百人も殺戮したと言いました。本当の事でしょうか?」「確かに。」ハンベエはぶっきらぼうに答えた。「何故そんな事になったのですか?」「何故も何も、最初言ったとおり、俺とバンケルクは最早抜き差しならないとこまで来ている。奴が俺を殺させようと差し向けたから、返り討ちにしたまでの事。もっとも逃げようと思えば逃げれたが、俺は人を殺すのは嫌いじゃないのでね、逃げずに相手になってやったのさ。」人を殺すのは嫌いじゃない、この人は何故こんな物言いをするのだろう、とエレナは悲しくなったが、同時にハンベエの『向こうが襲って来たから相手になった』という言い分も素直に信じる事ができた。ハンベエの言葉に嘘はない、そうエレナは感じた。「やはり、そうでしたか。・・・ハンベエさんの身になれば、今更将軍と争わないで欲しいと言うのは理不尽な言い分であるという事は重々分かります。でも・・・それでも・・・あなたは、私の恩人を殺しますか?私の婚約者を殺そうというのですか?」エレナは例えようもない悲しげな目でハンベエを見つめた。ハンベエの胸中では、全く今更の話であった。アルハインドの戦いで生き延びた時から、この若者の心は決まっていた。バンケルク共を許す事は無い。必ず、倒してやると。コーデリアスとの約束でもあった。ただ、そのためだけに連隊を纏め、一手一手用心深く凌ぎながら、状況の好転を待っていたのである。最早、とハンベエは何度も思った。
メッセージひとつ作るにしても、それを送るにしても、ドキドキが止まらなくて困る。久我さんはいつもレスが早い。だからこのときも、すぐに返事がくると思っていた。「……」五分、十分、一時間……ベッドでゴロゴロしながら、私が送ったメッセージに既読が付くか確認する。けど、いつまで経っても既読にはならなかった。いつもすぐにくる返信がこないと、それだけで不安が募る。仕事でスマホをチェックする時間などないのかもしれない。久我さんは忙しい人だから、恐らくその可能性が高いのだろう。股票手續費、それとは違う想像が頭の中を駆け巡る。私、彼に何かしてしまったのだろうか。
この間エレベーターの中でキスをしたとき、拒絶してしまったせいだろうか。それとも、もう私に興味がなくなったとか?ネガティブな性格ではないはずなのに、どんどん思考がネガティブへと陥っていく。「……ダメだ、重すぎる」まだ付き合ってもいないのに、こんなに重い自分に引いてしまう。
スマホばかり眺めていても、意味がない。私は気分転換のために、部屋掃除をすることにした。きっと部屋全体が綺麗に片付いた頃には、返信も来ているだろう。好きなバンドの曲をかけながら、とにかく無心で掃除に取り掛かった。リビングからトイレ、洗面所、バスルーム、寝室、キッチン。1LDKの間取りの部屋だとそこまで時間は掛からないはずなのに、こういう所で変に完璧主義を求めてしまうのがAB型の私。結局三時間も掛かり、部屋は誰が来ても胸を張って大丈夫だと言えるくらい綺麗になった。「あ、返信……さすがに来てるよね」なんて呟きながら、リビングに放置していたスマホをチェックする。メッセージは何件か届いていたけれど、そこには肝心の久我さんからのものはなかった。でも、私が送ったメッセージには既読マークが付いている。ということは、彼はこのメッセージを読んでいるということだ。「何なのよ……」既読スルーなんて、普段なら全く気にならない。でも、今回だけは例外だった。せっかく部屋は綺麗になっても、心が少しも晴れない。このままこうしていると、またネガティブモードに入ってしまう。私は更なる気分転換のため、お風呂に入り出掛ける支度を始めた。
行き先は、いつものすすきのの立ち飲み屋だ。地下鉄に乗り店に向かっている間も、なぜ返信がこないのかずっと考えていた。恋って、本当に厄介だ。思考の全てを奪われてしまう。好きな人のことばかり、考えてしまう。結局店に到着してからも、返信はないまま時間だけが過ぎていった。「今日は一人なんて、珍しいね。これから合流かい?」ここの店の店長は、口元の髭が特徴的な恐らく五十代と思われる男性だ。見た目はがっちりしていて、いかついが、決して怖い人ではない。かといって、あまり積極的に客に話しかけるタイプでもない。それでも無愛想というわけではなく、適度に話を振ってくれる。その、ほどよい距離感が私は好きでここに通っているのだ。「今日は、一人なの。ていうか、元々私、ここには一人で通ってたし」「そういえば、そうだったね。最近は久我くんと二人で来ることが多かったから、忘れてたよ」「……そう」私は、ここで一人でお酒を楽しむ時間が好きだった。誰にも邪魔されず、誰にも気を使うこともなく、私が私でいられる。たまに店長とお喋りして、一人で住む家に帰宅する。それが、私の日常だった。でも、久我さんと親しくなり、彼のことを知っていく内に私は変わっていった。一人でお酒を楽しむよりも、彼と二人でいるときの方が何倍も楽しいと気付いた。そしていつからか、二人でこの店に来ることが当たり前になっていたのだ。「呼んでみれば、来るかもしれないよ」「……今日はいいの。一人で飲みたい気分だから。ビールもう一杯ちょうだい」「はいよ」既に入店して二時間が過ぎている。時刻は午後七時を過ぎ、少しずつ客の入りも増えてきた。